この連載のその①では、脱毛症の病因やほかの合併症、治療の予後についてを。その②では、多くの治療現場で実際に行われている治療法についてを紹介してきました。今回のその③では、皮膚科学会のガイドラインではその他のガイドラインに記載されている治療法についてをまとめています。
今回抜粋させていただいたガイドラインは、あくまでも現段階における医療を臨床皮膚科医の視点から作られたものです。ここであまり推奨されていない治療法についても、中には効果が現れている人もいるかもしれません。この記事はあくまでも、私たち、患者本人が冷静な視点でどの治療法を選ぶか、参考の一つとして利用していただくことを目的としています。
シクロスポリンA(CyA)内服療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
シクロスポリンAとは、全身性エリテマトーデス ・巣状糸球体硬化症 ・ 重症筋無力症などの治療に用いられている免疫抑制剤です。Tリンパ球抑制効果から脱毛症の治療薬として期待されていました。
ごく限られた症例研究の結果にて、シクロスポリンAを内服することで脱毛症状が改善することが示唆されていますが、薬を中断すると再発が。そして腎障害や高血圧などの副作用の頻度もたかいので、日常診療においては行わないほうが良いとされています。
分子標的薬の全身投与
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
がん細胞などの特定の細胞だけを攻撃する治療薬のことです。
2008年から2015年にかけて、エファリズマブという、抗CD11a抗体を。アルファセプトというTリンパ球障害性免疫調整合成タンパクを使い、多発型、全頭型、汎発型の脱毛症患者を対象に治験がおこなわれていましたが、発毛促進効果は殆どが否定的結果となりました。
アダリムマブという抗TNF抗体では発毛促進効果を示唆する症例が報告されていますが、同じ抗TNF抗体であるインフリキシマブ、ダクリズマブという抗IL2受容体抗体などでは否定的な症例が報告されています。
その一方で、ヤヌスキナーゼという、JAKを阻害する分子標的薬であるルキソリチニブを3名の中等症から重症の脱毛症患者に投与したところ、良好な発毛促進効果がみられたとする報告があります。
そして、脱毛症とインターフェロン経路の活性化を伴う他の疾患を合併する患者に他の疾患の治療目的で低分子JAK阻害薬であるバリシチニブを投与したところ良好な発毛促進効果がみられたとの報告があります。(*このバリシチニブですが、2021年3月に薬剤会社からプレスリリースが発表され、脱毛症患者に対して非常に効果が高い結果が得られ、現在保険の認可が降りるのを待っている状況との報告がありました。こちらの非常に効果が高いといわれているバリシチニブついても近いうちに記事にしたいと思います。)
これらのように、分子標的薬は多種多様であり、JAK阻害薬など将来的に期待される薬剤もあるが、実臨床でしようされてまだ日も浅く、症例も限られることから有効性について評価できる段階でありません。したがって現時点では行わない方が良いと記載されています。
(*2017年の時点でのガイドラインです。現在はバリシチニブは既に他の疾患の治療にて使用されており、その有効性や安全性などについても大分分かってきていることが多いようです。)
漢方薬療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
漢方薬単独の治療効果をみた臨床試験はありませんが、3報の症例集積報告があります。
しかし、どの報告も評価基準、再発の有無、併用療法との効果比較、自然治癒率をしのぐ効果があるのか、等の基本的な疑問への回答がなく、その有用性は定かでありません。
漢方薬の有用性は現段階では十分に実証されておりません。よって今後の臨床試験で十分に検証されるまで、日常診療においては行わない方が良いと記載されています。
抗うつ薬、抗不安薬の内服
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
三環系抗うつ薬を内服すると、プラセボと比較して脱毛範囲が縮小することを示唆する弱い根拠がある比較試験により見出されています。
選択的セロトニン再吸収阻害薬については、試験結果の記載が曖昧で化学的な評価水準に達していません。
このように、抗うつ薬、抗不安薬の内服の有用性は現段階では十分に実証されておりません。よって今後の臨床試験で十分に検証されるまで、日常診療においては行わない方が良いと記載されています。
タクロリムス外用療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
関節リウマチやアトピー性皮膚炎の治療にも用いられている免疫抑制剤の一種です。
100例以上の研究がありますが、ステロイド局注やステロイド外用、そしてDPCPによる局所免疫療法のほうがタクロリムス外用療法よりも良い結果となりました。
上記のように、有用性は認められておらず、日本では認可されていない治療法ですが、同様の薬効をゆうするピメクロリムス外用とプロピオン酸クロベタゾール外用群とプラセボ群の比較試験では、ピメクロリムスがステロイドと同様の有効性が示されています。したがって、タクロリムス外用療法の有用性が完全に否定された訳ではありません。しかし、現時点で日常診療においては行わない方がよいと記載されています。
プロスタグランジン製剤の外用療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
元々は、血流の改善や血管を拡張させることで、末端の手足の冷たさやしびれ、痛み、潰瘍などを改善する薬です。また、点眼薬として眼圧を下げ、緑内障の悪化を防ぐための治療にも用いられています。その副作用として、まつ毛が増えるというものがあります。厚生労働省・FDAに承認された“睫毛貧毛症”の治療薬として美容目的でも用いられています。
いくつかの比較試験が行われていますが、いずれも有効性は示せませんでした。
まだ、プロスタグランジン製剤の脱毛症の頭髪にたいする外用療法の評価は定まっておりません。
ビタミンD外用療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
2015年に軽傷から中等症の脱毛症症例48例に活性型ビタミンD3誘導体の外用薬を外用し、治療前と12週間後の脱毛面積を比較した研究が1つ報告されています。けれども、プラセボとの比較もないため等から十分なエビデンスでないそうです。
このようなことから、今後の臨床試験で十分に検証されるまで日常診療においては行わない方がよいと記載されています。
レチノイド外用療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
レチノイド外用薬を塗布し効果をみた試験の報告が1件あるそうですが、自然軽快との比較がなされていません。
非常に少ないエビデンスしかないため、今後の臨床試験で十分に検証されるまで日常診療においては行わない方がよいと記載されています。
催眠療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
2006年、2010年と2011年に3件の試験や研究にて、催眠療法を実施すると、実施前と比較してQOLが向上し、抑うつと怒りの感情に明らかな改善が示されたが、発毛に関しては効果が示されませんでした。
今後の臨床試験で十分に検証されるまで日常診療においては行わない方がよいと記載されています。
心理療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
アメリカで2013年に行われた脱毛症の研究で、成人患者の2,115名のうち25.5%が精神的な問題を抱えていると報告されました。しかし、精神的ストレスと脱毛症との因果関係についてはまだ詳細ははっきりとしておりません。
そして心理療法にも色々な方法があり、具体的な治療内容や治療効果の評価法なども一定しておらず、発毛に対する効果を記載した報告もないことから、心理療法の発毛に対する有用性は現時点では十分に実証されていないと記載されています。
けれども精神的ストレスやQOLの改善に役立つこともあることから、決して患者が希望している場合にその受診を妨げるものではありません。
星状神経節ブロック療法
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
代表的な交換神経ブロックで、交感神経をブロックし除痛効果を得るとともに副交感神経を優位にすることで、血流を増加させ局所の痛みを改善するだけでなく体全体の自然治癒力を高める治療法です。
脱毛症の治療では1980年代に2件の症例研究が報告されました。多発型27例、全頭型31例に星上神経節ブロック(SGB)を週1~2回実施し、硬毛の回復が58例中42例に認められ、11例は100%発毛したそうです。(効果が出るまでの施術の回数や副作用、再発等に関する記述はないとのこと。)
かなり昔のしかも限られた症例数しかエビデンスが無いことと、手技に熟達した他科の医師が必要な事。そして、副作用などの危険性を上回る根拠に乏しいと考えられているので、今後の臨床試験で十分に検討されるまで、日常診療においては行わない方がよいとしています。
PRP療法(Platelet Rich Plasma療法)
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
日本語の正式名称を「自己多血小板血漿注入療法」と言います。 再生医療の一種で、自分の血液中から血小板を抽出し、高濃度となった血小板を体内に戻す治療法です。 種々の成長因子などをふくうことから口腔外科、整形外科領域において創傷治療の促進などを目的として使用されています。ヤンキースの田中将大、エンゼルスの大谷翔平などが右肘靱帯を損傷した際、この療法を行った事が以前話題になりました。
PRPは毛乳頭細胞に作用し毛成長にかかわる因子の発言発現を増殖したり、自家植毛後の毛密度の上昇に寄与するといった報告があります。症例が45例と限定的ですが、脱毛症での発毛促進効果を評価した試験が2013年に行われてもいます。
このように、PRP療法は発毛促進効果があるというエビデンスは存在します。けれども症例数が少ないことと、そして「再生医療等の安全性の確保などに関する法律」などの法規に則ってのみ施術が可能であるので保険診療外の治療だそうです。日本皮膚科学会の皮膚科医に向けてのこのガイドラインでは、現時点では行わない方がよいと記載されています。
アロマテラピー
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
アロマテラピーとは、エッセンシャルオイル(精油)を用いて、その香りを楽しんだり、リラクセーション誘導効果を得たり、さらに病気の症状の緩和などを目的とした治療法です。
最近では緩和ケアの領域で広く用いられるようになってきていますが、臨床効果の科学的根拠はまだ不十分です。アロマテラピーの有用性はまだ十分に実証されておらず、今の段階では、日常診療においては行わない方がよいと記載されています。
鍼灸治療
ガイドライン推奨度:C2(行わないほうがよい)
C2の「行わないほうがよい」とガイドラインには記載されていますが、同時にいくつかの研究や症例報告で発毛を示したものがあることも書かれています。
「針灸の施術方法は施術者や患者ごとに同一の方法ではなく、病状の経過の記載も不十分なので医学的な評価基準には達していない」そうです。「すでに広く実施され発毛効果を示す症例報告がある点を考慮し…」とも言っており、医学的には評価はまだできないが、今後は実施方法、評価方法を統一し、臨床試験で十分に検証されるべきだとも書かれています。
かつら(ウィッグ)の使用
ガイドライン推奨度:B(行うように勧められている)
紫外線や外傷防御の点でウィッグの使用は推奨されています。もちろん生活の質(QOL)の改善にも有益ですよね。ガイドラインでは、ウィッグを使用前後の十分な統計学的検討はされていないと記載されていますが、SWWをご覧の皆さんは、ウィッグの有益性については十分ご存じで体感なさっている方が多いのではないかと思います。
また、海外ではウィッグが医療用具として健康保険の対象となっている国もあるそうです。このガイドラインに『脱毛症に対してのウィッグは医療法上認知されるべき』と明記してあるのは、脱毛症でウィッグユーザーである筆者にとってとてもありがたく、日本でもウィッグ購入代金の一部でも保険適用になることを切に望みます。
治療せずに経過観察のみ行う
ガイドライン推奨度:C1(行ってもよい)
患者の心理面に配慮しつつ経過観察することも、脱毛症の治療の選択肢のひとつとなり得ます。
脱毛症を治療せずに経過観察した研究があり、(コホート研究)それによれば、アトピー性疾患や自己免疫性内分泌疾患などの併存症がない軽度の脱毛患者は1年以内に脱毛斑が消失したそうです。(1,716例のうち、1,263例)しかし長期間かつ広範囲に脱毛箇所がある患者の場合は予後は良くありません。治療をすることによって長期の予後が改善するという明確なエビデンスがないため、通院などの患者の負担を考えると、治療をせずに経過観察するという選択肢もあると、ガイドラインに記載されています。
まとめ
いかがでしたか?私はこのガイドラインを最初に読んだ時にびっくりするほど治療の可能性が多いことにびっくりしました。中には、催眠療法などの記載もあり、「え?これも脱毛症の治療に有効かもしれないとされているの?」とも同時に思いました。
記載されている治療法の中には、エビデンスがとても少ない物や保険の適用がない物もあります。色々な面から考えて皮膚科学会として治療の推奨度が決定されています。
また、アロマテラピーや針灸治療のように、臨床試験が十分に検証されていなく、『C2(行わないほうがよい)』と強い言葉で書かれた治療法もあります。あくまでも、医学的な観点からの推奨度ですので、中には治療の成果が現れている方もいらっしゃいます。
普通の円形脱毛症の場合は特に治療をしなくてもすぐに髪が生えてくることが多いのですが、中には急速に脱毛箇所が拡大する患者もいます。その場合の治療の選択肢として今回挙げた内容をかかりつけの医師と相談して、治療効果や副作用の可能性を理解をしたうえで自分で納得できる治療法を選ぶ参考にしていただけると良いと思います。
出典元:日本皮膚科学会円形脱毛症診療ガイドライン 2017 年版
Hazuki
3歳息子の母であり、このWEBマガジンの編集長。時々アパレルセレクトショップ勤務のファッションLOVER。26歳の時に頭からつま先まで全ての毛髪が抜け落ちる、汎発脱毛症になる。
よく転ぶし、失敗もする。そして落ち込む。モットーは『転んでもただでは起きない』。究極の精神的ケチである。
脱毛症になって10年以上苦しんだからには、この経験を人生のプラスにする為に、何ができるか?を考え始め、インスタグラムで自身の経験などを発信し始めた。
夢はSWW がVOUGE.JPに掲載されること。究極にオシャレで尚且つ最新の情報を発信できる存在となること。そして、沢山のヘアロスで悩む人達が一歩を踏み出すきっかけとなること。